《解体小説》空き家編・第一章
第一章 「じいちゃんの死」
「父ちゃん!母ちゃん~!死んじゃやだよ~!」
当時5歳だった俺と8歳の姉貴は泣き崩れ、そして自分たちの将来に漠然とした不安を抱えていた。
何せ、両親の結婚記念日での二人きりのデート中に、頭の上から工事現場の鉄骨の塊が落ちてくるという、運が悪いとしか思えない事故で両親を同時に亡くしたんだから。
そして極めつけは葬儀後の兵吉じいちゃんの一言。
「順子、健一。これからお前たちは私が一人で立派な大人にするから安心しなさい。
とても悲しいことだが、お前たちは前を向いて生きていきなさい。」
この場面は幼かった俺も鮮明に覚えている。
だって、じいちゃんは精一杯かっこをつけたつもりだったようだけど、ズボンのチャックは全開。
しかも「決まった。」と思われた刹那、坊さんの足を踏んづけて転ばせるというハプニング付き。
あれから27年。
最近、姉貴の順子に聞いた話では
「健一は覚えてないかもしれないけど、おじいちゃんったら
パパとママのお葬式の翌週にはあなたを連れて競輪場に行ってたらしいわよ。」
だって。
俺を元気づけようとしたんだろうけど、自分の趣味(ばくち打ち。弱い)に口実をつけて幼い俺を付き合わせたのは明らか。
結局、事故を起こした建設会社からの多額の賠償金と親父の生命保険のおかげもあり、北関東の田舎暮らし&頼りないじいちゃんと姉貴との三人暮らしという不便はあったものの、何とか俺と姉貴は一応まっすぐに大人になった。
俺は大学を卒業し、都内の食品会社での会社勤めも今年で10年目の32歳。
社歴と同じ年数付き合っている彼女はいるけど、結婚の予定は今のところなし。(よくある「同期の社内恋愛」だ。)
姉貴はというと、田舎の高校を卒業したあと東京に行き、アパレルの販売員をしながら、趣味はクラブ通いと神輿担ぎという、今風なのか古風なのか分からない都会暮らしを満喫していた様子。
そして、祭りで出会った彼氏と30歳で運よく結婚できて、今や二人の息子を持つ専業主婦。
両親がいないという境遇のせいか、昔は少々やんちゃだったが、「趣味は子育て」と言い切る、考えられない変わりよう。
このように幼い間育ててもらったじいちゃんとは姉貴も俺も離れて暮らすようになって、兵吉じいちゃんはそのあいだ一人で暮らしていた。
そしてそのじいちゃんは今から2年前に、急性心不全であっけないほどぽっくりと亡くなった。
85歳という年齢を考えると寿命だったのかもしれないが、幼いころから父親&母親代わりをしてもらっていたので、さすがにその時はしばらく心に穴が開いたようで、足元もふわふわした不思議な感じだった。