《解体小説》内装解体編・第一章

解体工事を楽しんで学ぼう!解体小説~3つの物語~

第一章 「独立と開業」

「あれ、ここ。もしかしてまたお店変わった?」

「――ほんとだ、全然気が付かなかった。結構この道通るのになぁ」

「確かにあんまり変わった感じしないもんね。……でも、前のお店の方がもう少しお洒落だったような気がしない?」

「ちょっと、聞こえるって」

こちらの視線を察した二人は気まずそうに顔を見合わせると、足早に店の前から去って行った。

彼女達のように、店の入れ替わりに気付いた通行人は一度足を止め、ガラス越しに店内をまじまじと見つめる。そしてどういうわけか、腑に落ちない、といった表情でその場を後にする。

そんな客の姿を見かける機会は、開店から二年と少し経った今でも少なくない。

内装解体編・第一章七年勤める美容室から独立を考えていた時、隣町で多くの女性客から支持を集めている美容室がほんの数日前に閉店したという情報を、当時担当していた女性客から入手した。詳しく聞けばネガティブな閉店理由などではなく、単にオーナーの都合による店舗の移転に起因するらしかった。

このチャンスを逃すまいと、俺は急いでその美容室のオーナーに連絡を試みた。幸いまだ大手の不動産サイトには物件情報を載せていないらしく、店舗へ直接足を運んで思い切った交渉に出ることができた。内装が限りなく自分の理想に近いこともあって居抜き譲渡を強く望んだが、彼曰く“契約時に原状(スケルトン)回復を念押しされていた”ため、特に交渉もせず「スケルトン返し」を受け入れるつもりでいたことが判明した。

どうしてもそのまま譲り受けたかった俺は、居抜き状態での退去を認めてもらうよう懇願。お互いのメリットを確認すると、相手もすすんで交渉に協力してくれた。

早々に次テナントが見つかったからか、交渉は案外すんなりと成立したようだった。

最終的には――退去時にこちらの負担でスケルトン状態にするという条件付きではあるが――造作譲渡契約・賃貸借契約まで漕ぎ着くことができ、内装設備ごと引き取る形でこの店を手に入れるに至ったのだ。

内装が気に入っていたとは言え、さすがに何もかもそのままでは他店の看板を掲げて経営しているのと大して変わらない。申し訳程度ではあるが、開店祝いに元同期達から貰ったアンティークの大鏡を一番目立つ席に設置し、店のシンボルに仕立てた。

章一覧へ戻る第二章「戦意喪失」

解体サポートからの解説

【用語解説】内装解体

店舗やオフィスの内部造作の全部、または一部を解体すること。

内装解体において必ず確認しておきたいのは、工事内容が確定しているかどうかということです。

現場調査にはオーナーや管理会社の方にも立ち会ってもらい(退去立会)、細分まで業者さんに確認してもらった方がスムーズに事が運ぶ事が多く、より正確な見積もりを期待できます。

このように工事範囲や内容を事前に確認することによって、実際の工事に入ってからのトラブル(工事可能な時間帯やエレベーター等の使用など)を避けることができます。

また、すぐに入居者(次テナント)が見つかり、場合によってはそのままの状態で借りてもらえる(=居抜き譲渡)こともあり、内装解体をする必要がなくなるケースもあります。

【用語解説】居抜き物件

テナント所有の内装設備や什器といった造作物が残ったままの物件のこと。
居抜き物件を借りるメリットとしては、設備投資が少なくて済むことや開店までの工事期間の短縮などが挙げられます。
しかし実際には造作物が無償譲渡されることは少なく、「造作譲渡契約」を結び譲渡料を支払うケースが大半です。
ただ、譲渡しようとする設備がかなり古い場合や、退去までに次テナントが見つからないような場合は、(原状回復にも費用がかかりますので)「お金をかけて処分するくらいなら……」と無償譲渡されるケースもあります。

【用語解説】原状回復

賃貸借契約の終了に伴い賃借人が借りていた物件を退去する際、契約上の「原状」に回復して賃貸人に明け渡すこと。
賃貸借契約書には、この「原状回復義務」が記載されていることが通常です。

【用語解説】スケルトン

内装設備が何も残らない、躯体のみの状態のこと。

「スケルトン返し」とは、賃借人が借りていた店舗の内装を退去時に全て解体し、躯体のみの状態にした上で賃貸人に返却すること。
店舗を内装解体する場合は、この「スケルトン返却」が一般的ですが、話し合いによっては「トイレやエアコンは残す」といった条件もありえます。退去前に物件のオーナー(賃借人)やビルの管理会社と返却方法や原状回復工事についての注意点などをしっかり確認しておきましょう(ビルなどの場合、他のテナントや管理会社の都合によって工事時間が制限される部分や、配線・配管等の問題が生じる可能性があるため)。

※「原状回復」と「スケルトン返し」が同語として使われることがありますが、「原状」がスケルトン状態でない(先述のように壁や天井・エアコン等を残したままにしておく場合や、事務所として使える状態にしておかなければならない)こともあります。

そういった場合には、スケルトン状態にした後「契約上の原状」に戻すためにクロスや床の張り直し・塗装といった工事が必要となります。

トラブルになることのないよう、契約時はもちろんですが、退去前にも契約状況をしっかりと確認しておきましょう。

【用語解説】テナント

店子(たなこ)とも。

ビルなどの一区画を、その管理・運営者から賃貸借契約の下で借り受けて営業する店舗のこと。

※貸店舗そのものを指すこともあります。

【用語解説】造作譲渡契約

閉店を予定する前借主から、不要になった造作物を譲り受けること。

ただし、譲り受けた造作物は原則として退去時に撤去(解体)しなければならないので(原状回復義務)、既存の設備とその価値、原状回復にかかると思われる費用のバランスをよく考えて慎重に契約するようにしましょう。

この契約を結ぶにあたっては、譲渡目録の作成や、そもそも譲渡について貸主の承諾を得ているのかどうかを確認することも重要です。

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