《解体小説》空き家編・第四章
第四章 「身近な空き家問題」
面と向かってじっくりと彩子を見たが、三十路を超えた今でも見た目は相変わらず申し分なし。
会社でもその「見た目」に関しては評判がよく、まさかこの俺と付き合っているとうちの課長が聞いたら腰を抜かすだろう。
しばらくとりとめのない話や職場の愚痴を聞いた後、彩子がいつもの生グレープフルーツサワーのおかわり頼んだ後にこう言った。
「そういえばお祖父さんのお家、取り壊すんだって?」
「えっ?なんでそんなこと知ってるんだよ?」
「このあいだ、お姉さんから聞いたのよ。」
げっ。
彩子は姉貴がアパレルの店で働いていたころの顧客と店員という関係から、10数年経った今でもLINEで連絡を取り合っているらしい。しかし、相変わらずの情報収集能力。
その力は仕事でも存分に生かされ、今や彩子はマーケティング部の課長だ。
「とうとう健一の身にも『空き家問題』が来たのね。」
「空き家問題?」
「知らないの?新聞もろくに読んでないからよ。
今や全国の空き家は社会的な問題になっているのよ。
しっかりしてよ~。」
まったく、姉貴も余計なことを彩子に言うなよ。
「社会問題かどうかは俺には関係ないよ。ただ、家を1軒壊すだけじゃないか。」
「はぁ……。やっぱり知らないのね。この前の法改正で空き家を持っているだけでも負担が増えることがあるらしいわよ。」
「負担が増える?どういうこと?」
「詳しくは調べればわかると思うけど、固定資産税が上がるらしいのよ。」
「ん?なんで?」
生グレープフルーツサワーが5杯目に差し掛かると彩子は突然つっかかってきた。
「知らないわよっ!なんでも人に聞いて何なの!?
自分のことなんだから自分で調べなさいよ!
だから健一はいつまでたってもうだつがあがらないって言われるんじゃないの?
それより、私たちこれからどうするの?どうしたいの?
健一の考えをはっきり教えてよ!!」
……彩子はこうなると歯止めが効かなくなる。
「だってそうでしょ!?私たち10年も付き合ってるのに、
健一からは何も言ってくれないじゃない。私もう32歳よ!」
「この間親御さんに会ったじゃないか。」
「なによそれ!」
「それが答えだ。」
「意味わかんない!」
「とにかく、もう少し待ってくれ。今はじいちゃんの家をどうするかを早めに決めなきゃいけない事情があるんだ」
「もう!いつもそうじゃない。――でも、なんでそんなに急いでいるの?」
こんな感じで、頭の切り替えが早いことが彩子のいい所だ。
ここで、竜二さんの話をかいつまんで彩子に話した。
「なるほどね。地元の人なら、ある程度融通を利かせてくれるんじゃない?
でも少し気になる事もあるから、私なりに調べてみるわ。
竜二さんって人に出してもらった見積もり、私のアドレスに送っておいて。」
『仕切りたがり』の性分が出たせいか、また彩子のペースに持ち込まれてしまった。
解体サポートからの解説
空き家問題
【空き家の現状とその問題点について】
少子高齢化と人口減少社会、住宅需要の都市部への移動などにより、およそ7戸に1戸は空き家というのが現状です。(※全国の空き家総数は約820万戸。 空き家率は13.5%)
そのうち、使用目的や管理が明確化されていない空き家は約35%を占め、その数は250万戸以上。15年前の約180万戸から急増しています。
さまざまな理由によりこの空き家が社会的な問題になっていて、全国的に大きな行政課題ともなっています。
今や社会的な問題となっている『空き家問題』。その問題とされている点をいくつかあげます。
■景観・治安の悪化
適正な管理がされていない空き家では雑草が高く伸びてしまったり害虫などの繁殖の原因となってしまうことがあります。景観が悪化すると地域全体の治安が悪化する事の原因になりえます。
驚くことに、空き家率と犯罪率は比例するとも言われています。
周辺にお住まいの方からするととても迷惑ですので、空き家所有者にクレームが来てしまう可能性が高いです。
■安全面の低下
定期的な換気などの適正管理をしないと木造の建物はどんどん構造が弱くなり、長期間放置された空き家は地震などの災害が発生した場合に倒壊の危険性が増します。
また、屋根材や外壁材の一部がはがれて落ちてしまったり、台風などで建物の一部が飛んでしまう危険性を伴います。
■火災発生の誘発
あまり考えたくないかもしれませんが、火災原因の第一位は「放火」で、第四位の「放火の疑い」を合わせると約20%となります。
つまり火災の5件に1件は原因が「放火」または「放火の疑い」なのです。
空き家は人の目が届きにくいので、いわゆる放火犯に狙われやすく、燃えやすいもの(枯草、ゴミ、郵便物など)が放置されていると標的となりやすいのです。
■不審者や動物侵入の恐れ
空き家に不審者が勝手に入り込んで長期間寝泊りをしているというような気味の悪い事が実際に起きています。
また、猫やネズミなどの動物が住み着いてしまうケースも起こり、その後賃貸物件として人に貸そうとしたときに使えない状態になっているということも頻繁にあるようです。
鍵をしっかりとかけていても人の目が無ければ窓やドアを壊してしまえば簡単に侵入出来てしまいますし、動物はほんの少しの隙間からでも入れてしまいます。
このように深刻化する空き家問題への対策として、平成27年2月26日に「空き家対策特別措置法」が施行されました。
空き家対策特別措置法(空家等対策の推進に関する特別措置法)
“空き家対策特別措置法”“空き家特措法”とも呼ばれる「空家等対策の推進に関する特別措置法」が、平成27年2月26日に一部施行、5月26日に完全施行されました。
この法律によって、これまでは登記だけでは特定できなかった空き家の所有者を、施行後は固定資産税の納税記録を用いて特定できるようになりました。
確認作業の結果「特定空き家」であると判明した場合は、これまで6分の1に軽減されていた固定資産税が元の税率に戻る(=今までの6倍の額を支払う)ことになります。
ただ、自治体レベルの空き家対策としては、所有者が自主的に空き家の解体を行った場合に税率の軽減を継続する内容の条例等が打ち出される可能性もあります。
※特定空家等に対する措置として、「行政代執行」が実施されることがあります。
これにより、危険な特定空家の所有者に対し必要な措置(除却、修繕等)をとるよう指導を行ってもそれを履行しない場合や、期限内に完了の見込みがない場合などに「行政代執行法」によって強制的に除却(解体工事)されてしまいます。(空家等対策の推進に関する特別措置法 第14条より)
さらに、強制撤去にかかった費用は空き家所有者の負担となり、もし支払いができない場合は財産を差し押さえられることになります。(行政代執行法 第6条より)
また、地域の条例によっては、代執行が実施された空き家所有者の住所や氏名といった情報を公表されてしまうことも有り得ます。
助言や指導が行われる前に何らかの対策をしておくに越したことはありませんが、万が一通達を受けてしまった場合はすみやかに対応することで「警告に応じる意思」を示すことが大切になってくるのではないでしょうか。