《解体小説》内装解体編・第四章

解体工事を楽しんで学ぼう!解体小説~3つの物語~

第四章 「契約は絶対?」

不動産屋に解約を告げてから二週間。

退去立会のため、俺は不動産会社側の人物と連れ立つもう一人の業者3と共に店の内部を確認していた。

先日の解体業者に比べると些か大雑把な印象を受けたが、それについて何か言ってやろうという程のものではなかった。

それよりも、何の気なしに投げ掛けた質問に対する回答の方に驚かされた。

「ここをもぬけの空にして大家さんに明け渡すまで、トータルでいくらかかるものなんでしょうか?」

「そうですね……工程の中で一番額の大きい“解体費用”に拠ってまいりますね。もちろん、正確な工事金額は追ってお出しいたしますが――」

「? 工事まで御社がやってくださるんですか?」

「ええ、ご退去時には弊社の指定業者が工事を担当させていただきますので。どうぞよろしくお願いいたします」

てっきり撤去範囲の確認と退去時の説明だけだと思っていたが、どうやら一連の流れで解体工事まで大家と繋がりのある業者が担当することになっているようだ。

先に見積もりを取った業者に工事を依頼し、安く上げるつもりだったのだが……。

立会担当者を帰した後、何となく嫌な予感がしたため、契約書の内容にもう一度目を通すことにした。

――項を捲ると、確かにその一文はあった。

“乙は、甲が指定する業者に退去時における一切の工事を依頼しなければならない”。

これだ。
つまり、大家の指定する業者に何もかも任せておくしかない、ということだろう。

契約時の口頭説明でそんなことを聞いた覚えは全く無かったものの、確かに契約書への記載はされている。大人しく従うしかないか……と諦めかけた時、あることを思い出した。

前テナントの彼は、大家への交渉によってスケルトン返しを免れたではないか。

例外を適用され、俺に内装を譲渡することが叶っている。

今回もいくらか譲歩してくれることを期待して、翌日、不動産会社に直接出向くことにした。

内装解体編・第四章
「――いえね、以前戸坂さんから閉店の意思をお聞きした際に、大家さん……本木さんに確認を取らせていただいたんですが、『入居時にそう約束をしたのだから、契約内容に関しては一切譲歩できない』とおっしゃっていまして。ご自分で探された業者さんへの工事依頼は、おそらく難しいと思います」

件の淡い期待を担当の宮原という女性に打ち明けてみたが、やはり可能性は低いようだ。

気分の上がらないまま、この日は退去日程の最終確認を行って不動産会社を後にした。

数日の後、宮原より内装解体の見積書が指定業者から届いている旨の連絡が入った。すぐに送ってくれると言うが、取り急ぎ総額だけ尋ねてみる。

“83万円”だそうだ。

事前に相場を調べていただけに、金額を聞いた時は思わず吹き出してしまった。

さらに話を聞けば聞くほど、不動産会社とオーナー側はあくまでも「契約書通り」を貫き通すらしいことが分かってきた。もはや交渉する気力も失っていた俺は、渋々その見積内容を受け入れるほかなかった。

それから退去の二週間前まで、俺は今でも通い続けてくれている客のために営業を続けた。槙田も特に態度を変えることなく、淡々と仕事をこなしているように見えた。

「はい、お疲れさん」
「……珍しいですね、戸坂さんが缶コーヒー奢ってくれるなんて」

「人聞きが悪いな。最後の営業日くらい、晩飯だって好きな物奢ってやるよ」

「あ、今日は例のサロンのスタッフに誘われてるんで……。すいません」

「なっ…… 全くどこまでも冷淡な奴だよ、本当に」

「じゃあ、ここの解体も済んで、全部終わってすっきりした頃にまた奢ってくださいよ。その時は必ず行きますから」

槙田との取るに足らない掛け合いも今日で最後になるのだと思うと、こみ上げてくるものが無いわけでもなかった。

当の彼は相変わらず軽くあしらうばかりだが、ほんの少しだけ、いつもより丸くなっているような気がした。

第三章「店仕舞いまでの道のり」第五章「業者の本音」

解体サポートからの解説

【場面1】「“乙は、甲が指定~依頼しなければならない”」

「大家(不動産管理会社)が指定した業者以外には解体させない」。

このような内容で契約していることに気付かず(あるいはすっかり忘れてしまい)、退去の段になって気付いたとしてもオーナー側の言いなりにならざるを得ない……。

内装解体工事において、非常に多いトラブルの一つです。

そして悪いことに、このようなケースは往々にして解体費用が割高になってしまいます。

契約時に内容をきちんと確認することが一番ですが、実際は隅々まで読み込んで全て理解するというのはなかなか難しいですよね。

それができていれば、このようなトラブルは回避できているはずです。

ただ、実は「契約書に記載されているから」といって端から諦めてしまう必要はありません。大家さんの人柄や状況によっては、交渉の余地があることも考えられます。

交渉の結果、自分で選んだ解体業者に依頼できれば一番良いのですが、もし渋られてしまったとしても「ご自身で取った見積もり」を引き合いに出せば、多少の値引きには応じてくれる可能性があります。

希望通りの金額で工事を終えることは難しいかもしれませんが、まずは直接交渉してみることをお勧めします。

【POINT】解体工事を「指定業者」に依頼しなければならないことも。無駄骨を避けるためにも、契約内容は必ず確認を。

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