「こらっ!悠太郎、家の中を走り回っちゃダメだっていつも言っているだろう。何回同じことを言わせるんだ!」
「そんなに怒ってもしょうがないじゃない。そういう年頃なんだから。それより建替えの計画は進んでるの?」
「……ん?建替えの計画?……まあまあ順調だよ」
「怪しいわね。学校の事とかもあるんだから、しっかりやってよっ!」
嫁に痛いところを突かれて言葉に詰まる自分が情けない。
荒井遼、35歳。東京都内の食品メーカー勤務。入社以来、新商品の研究部署に配属されているが、いまだに役職はなし。興味があることにはとことん没頭するが、それ以外のことは見向きもしないタイプだ。
また自分で言うのも何だが、かなりの面倒くさがり屋で人付き合いも決して上手いとは言えない。酒はそこそこいけるくちだが、気心の知れた同僚と仕事帰りに飲みに行くのがほとんどだ。
家族は雑誌の編集の仕事をしている妻、小学校に通う長男と保育園児の次男の4人。都心の2LDKの賃貸マンションで暮らしている。
この街には独身時代も含めてかれこれ10年以上も住んでいるので愛着はけっこうある。近くには大きな公園があり住環境は良好、会社に通うのも至極便利ということもあり、引越しするのも億劫なので、できればこの家に住み続けたいと思っている。
ただ困ったことに最近、子供たちが大きくなるにつれて家が手狭に感じられてきたし、嫁がいつまでも賃料だけを払い続けるのもどうかと思うと言い出したので、重い腰をあげて家探しを始めたのが約1年前。
子供たちのこともあり一軒家に住みたいと考え、新築の戸建住宅を中心に物色していたが、気に入った物件は共働きと言えども金額的に厳しいものがあったので泣く泣く断念。
何度か話し合った末に中古の一軒家を買ってリノベーションしようということでまとまったものの、今度は郊外の一軒家で一人暮らしをしている母親が急病で病院に運びこまれたこともあり、家探しは再び中断を余儀なくされてしまった。