「あれ、ここ。もしかしてまたお店変わった?」
「――ほんとだ、全然気が付かなかった。結構この道通るのになぁ」
「確かにあんまり変わった感じしないもんね。……でも、前のお店の方がもう少しお洒落だったような気がしない?」
「ちょっと、聞こえるって」
こちらの視線を察した二人は気まずそうに顔を見合わせると、足早に店の前から去って行った。
彼女達のように、店の入れ替わりに気付いた通行人は一度足を止め、ガラス越しに店内をまじまじと見つめる。そしてどういうわけか、腑に落ちない、といった表情でその場を後にする。
そんな客の姿を見かける機会は、開店から二年と少し経った今でも少なくない。
七年勤める美容室から独立を考えていた時、隣町で多くの女性客から支持を集めている美容室がほんの数日前に閉店したという情報を、当時担当していた女性客から入手した。詳しく聞けばネガティブな閉店理由などではなく、単にオーナーの都合による店舗の移転に起因するらしかった。
このチャンスを逃すまいと、俺は急いでその美容室のオーナーに連絡を試みた。幸いまだ大手の不動産サイトには物件情報を載せていないらしく、店舗へ直接足を運んで思い切った交渉に出ることができた。内装が限りなく自分の理想に近いこともあって居抜き譲渡を強く望んだが、彼曰く“契約時に原状(スケルトン)回復を念押しされていた”ため、特に交渉もせず「スケルトン返し」を受け入れるつもりでいたことが判明した。
どうしてもそのまま譲り受けたかった俺は、居抜き状態での退去を認めてもらうよう懇願。お互いのメリットを確認すると、相手もすすんで交渉に協力してくれた。
早々に次テナントが見つかったからか、交渉は案外すんなりと成立したようだった。
最終的には――退去時にこちらの負担でスケルトン状態にするという条件付きではあるが――造作譲渡契約・賃貸借契約まで漕ぎ着くことができ、内装設備ごと引き取る形でこの店を手に入れるに至ったのだ。
内装が気に入っていたとは言え、さすがに何もかもそのままでは他店の看板を掲げて経営しているのと大して変わらない。申し訳程度ではあるが、開店祝いに元同期達から貰ったアンティークの大鏡を一番目立つ席に設置し、店のシンボルに仕立てた。