閉店の意思は、槙田にその事実を打ち明けた日から確固たるものになっていた。
行動を始めてからは、不動産会社に解約予告の連絡を入れ、二週間後の退去立会を約束するまでに何日もかからなかった。
空いた時間はパソコンを開いて調べ物に充て、最終的にどれくらいの退去費用が必要なのか大まかに試算してみることにした。
16坪程度の元美容室をスケルトン状態にすると、約50万円。
退去までの家賃三ヶ月間分、約51万円。
この時点で100万円は軽く超えるようだ。計算するのが嫌になってくる。
これでは再び店を持つまで何年かかるか分からないな、と一人苦笑するしかなかった。
預金口座の残高と予想される出費の総額が拮抗していることに目眩を感じつつ、少しでも削れる部分がないかと考えた時、真っ先に思い浮かんだのは「解体費用」だった。
調べに調べた解体費用の値幅は、確か最安値と最高値の間で約30万円はあったはずだ。相場は50万円前後といったところだが、この差を見ると最安値を提示している業者に依頼すれば10万円単位で浮かせることができるのではないか?
もしそれが可能なら、槙田の最後の給料をほんの気持ちだけでも上げてやる余裕ができるかもしれない。
その日、俺は複数のルートから3社の解体業者社に工事金額の見積もりを依頼した。
一社目はもちろん、実例で最安値を提示している業者だ。いかにも、という感じの派手なホームページに少し戸惑ったが、安く済ませられるのなら気にするほどの事でもないだろう。
担当者が思いのほか好印象だった残りの二社へは、一方は仲介サービス経由、もう一方は業者から直接、という形でそれぞれ依頼する運びとなった。
見積もり当日。サロンの休業日でもあるこの日、たまたま三社とも予定が空いていたようで、同日中に時間をずらして三社全ての現地調査を済ますことができた。
測量の仕方だけを見ると素人目にはどの業者も似たり寄ったりに思えたが、担当者の対応にはかなりの差を感じた。
それは、第一候補だった最安業者に不信感を抱いてしまうほどのものだった。
見積書は五日ほどで全て出揃い、その日の休憩時にじっくり見比べることができた。
【A】御見積書 | ||
---|---|---|
項目 | 単位 | 金額 |
店舗スケルトン解体工事 | 一式 | 340,000円 |
現場諸経費 | 一式 | 20,000円 |
合計 | 360,000円 |
【B】御見積り書 | |||
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項目 | 単位 | 単価 | 金額 |
天井解体・積込 | 52.8m2 | 1,000円 | 52,800円 |
壁面解体・積込 | 49.0m2 | 1,000円 | 49,000円 |
間仕切り解体・積込 | 19.2m2 | 1,000円 | 19,200円 |
床材撤去・処分 | 52.8m2 | 1,200円 | 63,360円 |
発生材処分費 | 124.8m2 | 1,200円 | 148,560円 |
穴埋め補修 | 一式 | - | 15,000円 |
エアコン撤去処分費 | 一式 | - | 30,000円 |
その他造作物撤去・処分 | 一式 | - | 90,000円 |
看板撤去処分費 | 一式 | - | 10,000円 |
現場諸経費 | 一式 | - | 20,000円 |
合計 | 497,920円 | ||
御値引き | 7,920円 | ||
改め合計 | 490,000円 |
【C】御見積り書 | |||
---|---|---|---|
項目 | 単位 | 単価 | 金額 |
天井解体・積込 | 52.8m2 | 1,000円 | 52,800円 |
壁面解体・積込 | 49.0m2 | 1,000円 | 49,000円 |
間仕切り解体・積込 | 19.2m2 | 1,000円 | 19,200円 |
床材撤去・処分 | 52.8m2 | 1,100円 | 58,080円 |
発生材処分費 | 124.8m2 | 1,100円 | 137,280円 |
補修工事 | 一式 | - | 20,000円 |
エアコン撤去 | 一式 | - | 30,000円 |
看板撤去 | 一式 | - | 15,000円 |
残置物処分 | 一式 | - | 60,000円 |
車両運搬費 | 一式 | - | 10,000円 |
諸経費 | 一式 | - | 50,000円 |
合計 | 501,360円 | ||
調整値引き | 1,360円 | ||
改合計 | 500,000円 |
最安業者をA、仲介サービス経由をB、直接依頼した業者をCとすると、やはりAとB・Cの間に極端な開きが出ている。Aは36万円、B・Cはそれぞれ49万円と50万円という僅差。
見積もりの内訳を見ても、Aはあまりにもあっさりし過ぎていた。
不審に思い、その場でAの担当者に連絡を試みる。
……。
繋がらない。
その後も時間を置いてみたり代表番号にかけてみたりしたが、一向に出る気配を感じられなかったため、不信感は募るばかりだった。
いくら安い見積もりを出しても、すぐに連絡がつかなければ契約の意思のある客をみすみす逃してしまうのではないか? それとも、今回のように小さな工事は後回しにして“大きな案件”ばかり追いかけているのだろうか……。
勝手ではあるが、頭の中で様々な憶測が飛び交う。A社に依頼することは現実的ではないと思い始め、実質B社とC社の二択となった。
―――退去まではまだ少し時間があるし、不動産会社の退去立会も来週に控えている。
それが終わってから判断を下しても、遅くはないだろう。